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入院体験記


2005/3/28 19:29

緊急入院  PRIVATE

なんと、私WRは人生初の「入院」をしてしまった!
ただいま闘病中。詳細は後日書きます。。。(>_<☆

2005/3/29 19:30

入院体験記 その1  PRIVATE

皆さんは119番に電話したことありますか?
あるとしたら、それは他人の為ですか? 自分の為ですか?
私は交通事故現場に出くわして、「誰か、119番!」という声を聞いたり、職場で倒れた人がいて、119番で病院へ運ばれるのを見送ったりした事はありましたが、自分がかけた事はありませんでした。それがかける事になろうとは・・・

金曜夜のサッカーの結果のショックから(勝てるとは思ってなかったけど、やっぱ敗戦はつらい)すぐに床についたせいか、土曜朝は早くに起床した私は、いつものごとくコーヒーを飲みながら寝間着姿のままでだらだら過ごしていました。ま、よくある土曜朝の光景だと思います。のんびりしていたら突然右脇腹が痛くなってきたのでした。痛みが始まったときは「あれ? 痛いな~」といった程度だったので、そのままにしておいて引き続きだらだら。しかしなぜか痛みが治まらない。おなかの痛みといったらよくあるのは下痢や便秘ですが、どうもそういう痛みと違う(腸の痛みではない)し、筋肉痛ともまた違う。虫垂炎はやったことないけど、知ってる知識での虫垂炎とは違うようだ。痛い箇所を押してもさらに痛くなるということがなく、痛みは常に一定のもの。なんとか立って歩くことが出来るけど痛い。座っていても痛い。横になっても仰向け・うつぶせ・横に寝ても(痛い方である右側を上にしようと下にしようと)とにかく痛い。これは生まれてこのかた経験したことがない痛みだと思った私は考えた。

119に電話しようか……

これ、迷いますねぇ。かけるかどうか悩みます。そばにいる友人知人や家族のためとか、道を歩いていたら路上にうずくまってる人がいたりしたら、これは大変と躊躇せずにかけると思うんですよ。でも自分のこととなるとやっぱりね・・・
「もうしばらくしたら痛みがひくんじゃないか」とか考えてためらってしまうんですよ、ほんと。それに一度かけて繋がってしまったら「あ、やっぱ、いいです...」なんてわけにはいかないし・・・
痛みがもう二時間以上続き、これはもうどうにもならん! と思った私は意を決してダイヤルしたのでした。

「火事ですか、救急ですか」「救急です...」
「お名前と住所は」「WRです。住所は○○区××、△ー△△ー△△です...」
「患者は本人ですか」(口調で判ったのでしょう)「そうです...」
「どうしましたか」「右脇腹が痛いです...」
「わかりました、救急車を向かわせます」「おねがいします......」

あと数分で救急車が来るはず。さて、こういうときは何を持って行けばいいのでしょうか? そんなこと冷静に考えられるわけがない。とりあえず保険証を用意、これは病院へ行くといえば必需品ですよね。身分の証明にもなります。だから思いつけた。それに家を空けるので鍵を用意。その二つを持って玄関まで行き、ドアの鍵を開け、痛みにうずくまりながら救急車を待ったのでした。

長いようで短い時間が過ぎ(実際は5分くらい?)、ドアがノックされ「WRさーん」と救急隊員の声が。「はぃ,開けてぃぃ乙゛ιゅ......」(もうあまり声が出ない)ドアが開かれ隊員が眼前に登場、名前、症状、既往症など質問され、意識はしっかりしてたので(失った方が楽だったんだろうな…)はっきり答え(たつもり)、なんとか自力で歩けたので靴を履いて階段を降り(私の部屋はアパートの2階なのです)、救急車に乗り込んだのでした。

2005/4/2 0:00

入院体験記 その2  PRIVATE

前回の続きです。
救急隊員の方に支えられながら、なんとか救急車に乗り込み横になった私は二人の隊員さんにまたいくつか質問されたので、それらに答えながらもちゃっかり救急車の車内を見回していました。なにせ初の救急車搭乗、見学しておかないことはない。いま思い出すと「へぇ~こうなってるのかぁ」と感心してしまいます。(もちろんその時は「へぇ~」なんて余裕なし)
隊員さんは私を送る病院探しをしているらしく、あちこちに無線連絡をしていて、うちから一番近い総合病院へ連絡をしているようなのですが、どうも駄目っぽいことを言っている。「○○病院ダメですねえ」と、近所の病院への輸送を拒否された私はどうなるのか。
(しかしなぜ却下されたのだろうか? 土曜で休業日だったわけじゃなし。専門担当医がいないとか、繁盛していてもう受け入れられなかったのか?)
しばらくしてから行き先が決定したらしく、またもサイレンを鳴らしながら救急車はやっと走り出したのでした。

車の揺れで腹痛がさらにひどくなるということもないので、救急車の乗り心地はなかなかよかったです。しかし救急車って運転席以外は窓はありませんよね。まぁ、あったら血まみれの人が応急処置を受けているのが外から丸見えになってしまったりするだろうから、窓がないのは当然なんですが、私は意識がはっきりしてたんでどこを走っているのか気になる、けれどもどこをどう走っているのかさっぱりわからない。「ああ、俺はどこへ運ばれているんだ?」てなこと考えてしまいます。でも隊員さんに尋ねてみると「いま、△△の辺りですよ」と答えてくれました。「ああ、あっち方面に走ってるんだな」と納得してひとまず安心。何分間か走った後、無事にどこかの病院に到着、隊員さんに担架で運ばれ、病院のなかへ担ぎ込まれたのでした。

ここでどこのだれやら知りませんが、私を助けてくださった救急隊員の方々にお礼を申し上げたい。ここで書いてもしょーがないのですが、ありゃ立派で大変な任務を果たしている職業ですよ。隊員の人ってみんな救急救命士なんですかね? 私はよくそのあたりわからないのですが、とにかく救急関係従事者の人たちに感服します。二度とお世話になりたくないですが、もしまた助けが必要になった場合は私を助けてください、宜しくお願いします、と言っておきたいです。うーん、感動した。頑張れ、救急隊員!

病院へ着いたはいいけれど、なんと私を見てくれるらしい医者は外来の患者の応対をしていて、私は放置状態。そりゃ命にかかわる緊急事態状態には見えないだろうけど、こっちは痛くてしょうがないんだっての。看護士(女)の応対もつっけんどん。やっと医者がこっちにきてまず言った一言が「仰向けになって」。右脇腹が痛いからとりあえず左を下にして横になっていたのだけれど、もうちょい言い方考えろよ。「仰向けになれますか」とかさ。私は仰向けにすんなり出来たけど出来ない痛みがある症状を持った人だったら「無茶言うなよ」と思うはず。横柄な医者は私の痛みのある腹部を触診した後、「CTとレントゲン」と言って他の人にまわしてしまった。ううむ、この病院はなんなんだ?

レントゲンは健康診断などでも撮ったことはあったけど、CTスキャンは人生初。なんでも日本はCTスキャンの装置が日本全国あちこちにあって、日本のCTスキャン設置数はヨーロッパの設置数より多いそうな。レントゲンより大量の放射線を浴びるそうで、これでガンになったらシャレにならないなぁと思いつつ、見事被曝。すぐに結果が出て医者が言うには

「尿管結石だね、これ」

なに~! 石が詰まったのか!! 話には聞いたことがあったが我が身に起こるとは!
じゃあ、どうやって治療するんだ? 私はこれからどうなるのか!?


2005/4/4 9:41

入院体験記 その3  PRIVATE

前回の続き。
病名は「尿管結石」との告知。
ご存じの通り、人間には腎臓が左右に二つあり、体内の老廃物の処理、つまりゴミ処分をやってるわけですが、そこでオシッコも作られております。腎臓で作られた尿は腎杯→腎盂と送られ、尿管を通って、膀胱にためられます。そして膀胱である程度の尿がたまると尿意をもよおし「あ~、おしっこしたい。トイレ行こ」となって、膀胱から尿道を通って体外に排出されるわけです。(ちなみに尿道はもちろん男性の方が長いそーです)

私の体内に出来た石は尿管の膀胱近くにあるとのこと。つまり石の場所はへその下あたりなのですが、相変わらず痛みは右脇腹から発している。これは推測するに、石が尿管の出口(膀胱手前)で止まってしまい、尿の流れを塞いでしまった。おかげで尿管で尿が詰まり、右の腎臓に尿がたまってしまい負荷がかかり痛みを生じた… てなとこだと思われます。血尿が出てはいないから、尿管に詰まっているとはいえ尿管自体を傷つけてはいないようだし。でもこのまま詰まりっぱなしだと当然腎臓に負荷がかかり腎不全になるのは明白。ああ、大変。人工透析生活にはなりたくない。

と自己推測で書きましたが、なぜ自分で推測したのを書いたかというとなんのことはない、医者がロクに説明しなかったから。あの医者、レントゲンとCTの検査結果は見せないわ、尿管結石の説明を詳しくすることないわで、そのくせあっさり「入院して」と言ってきた。「インフォームド・コンセント」ってものを知らんらしい。私に腎臓と結石の知識がいくらかあったからよかったものの、無知識の人は医者の言うことにただ従うしかない。場合によっては誤診したり余計な治療が施されてしまう可能性もあるのに。「お前ら素人は怪我や病気のこと知らないんだから、俺の言うことに従え」といった態度をとる医者がいるということですな。こっちはお客だぞ、金払ってるんだぞ、他にも医者はいるんだぞ、病院はサービス業だぞ! ああ、ハズレの病院に来てしまったようだ。救急隊員には感謝しているけど、唯一の失敗は搬送先の選択だな・・・と、私は考えながら、入院同意書にサインして病室へ運び込まれたのでした。

金かけたくないので、もちろん大部屋を希望。他の患者さんがいる病室へ運ばれ、人生初の点滴を受けることになる。これでどんどん尿を出して石を出してしまおうという作戦らしい。腕の静脈に管を刺すとき看護士は適当な静脈がないと困っていた。どうやら私の腕は点滴には適さないらしい。太く浮き出た静脈が利き腕の反対の腕の手のひら側に(この表現でわかります?)あったらいいらしい。なんとか適したところを見つけ、そこに針を挿入、塩水のような液体が体に流れ込まれ始めたら、すぐに腹痛が治まってきた。石が膀胱に落ち込んだのだろうか…? 残痛感(って単語があるかどうか知りませんが)はあるけれど、猛烈に痛かった右脇腹の痛みは治まってきたのでした。

なんだ治った、めでたし、めでたしとはなりませぬ。石を体外に排出しなければならないのであった。石は一個だけかどうか分からないし。果たして結石はいつどのように膀胱から尿道を通過し外へ出てくるのであろうか。そのときにまた痛みが起こってしまうのか? ベッドに横になったままの私は、痛みに苦しんだ疲れからかあっさり寝てしまうのであった・・・


2005/4/9 8:22

入院体験記 その4  PRIVATE

前回の続きであります。
一休みした後、私は看護士に質問してみた。
「ここ、どこですか?」
救急車で運ばれた私は一体自分がどこにある病院にいるのか分からなかったのだ。
「○○区△△ですよ。近くの駅は■■」
なんとも自宅から遠くに運ばれたものだ。所持品は保険証のみ、携帯電話も財布も持っていない(つまりお金は一円も持っていない)、着るものは救急隊員に運び出された寝間着だけという途方に暮れてしまう自己の状況に今後の不安を感じずにいられないのであった。

人生初の入院、いままで健康だった私は入院に対して淡いイメージを抱いておりました。ベッドにのんびり横になり、ゆっくり食事を摂り、やさしい看護婦さんと戯れる(できれば若くて可愛い女の子がいいですね~)日々・・・。見事にイメージは打ち砕かれたのであった。
まず病院の建物がボロかった。一体いつ建てたのか分からないほどくたびれた施設。春先だったので室温は適温だったが、夏の暑いときや冬の冷え込むときはエアコンがまともに働いて快適温度を保てるとは思えない。看護婦はやかましいババァがいて精神的に苦痛そのもの(怪我や病気が悪化しそうだ)、食事などはヘルパーさんがやってくれるのだがこれまた自分の仕事を果たすことしか考えていないババァばかりで勝手気ままでやかましいだけ。無理矢理朝の六時に起こされるわ、夕食は夕方六時にやってくるわ(そんなにはやく食えるか)、しかも食事代は780円となっているが量は少ない、味も最低(学校給食より劣る)でコンビニ弁当の方がまだ健康的と思えるほどであった。だったら自分でなにか買って飲み食いすればと思っても、財布を持ってないので金がない。おまけにそこそこのベッド数がある病院にもかかわらず売店もなければロビーのようなところもない。間違いなくそこはハズレの病院であった。こんなところで死にたくない(いや、そんな深刻な病気ではないですけどね…)

尿管結石なので石が尿と共に出てくるはず。というわけで私は尿を毎回とることになった。尿から石が出てくれば解決というわけであります。午後九時消灯だったのでそれに従って初日は就寝。翌朝またオシッコしたくなったので、尿をとってみたら看護士から「石が出ましたよ~」との知らせが。血尿を出すことなく膀胱から尿道をすんなり通り抜けて体外に石は出て行ってしまった。尿管結石はひどいときは尿管や尿道に何度も引っかかり、コンペイトウのような石の場合は通る場所を次々と傷つけおしっこするたびに激痛が走り血尿をだすことになるという恐ろしい病気なのですが、自分の場合は石が小さかったのかすんなり体から出て行ってしまったのでした。これは尿管結石の中でも軽いものだったに違いない。運がよかったのでしょう。しかし石はこの一個だけではないかもしれない。私は入院二日目も引き続き点滴を受けながらベッドに横になり続けるのであった。はたして退院はいつになるのか・・・?


2005/4/10 18:44

入院体験記 その5  PRIVATE

また前の続きであります。
入院二日目はひたすら点滴を体に流し込み続けるだけ。おなかの痛みは全くなく、初日に寝過ぎたせいで横になっても眠れない。大部屋だったのでお隣の方に新聞を借りて読んだりして暇を潰すしかなく、退屈な時間がだらだらと過ぎていったのでありました。看護士曰く、明日には退院できるでしょうとのこと。なぜ痛みが治まり石も出てきたのに今日退院できないのかというと、なんのことはない、その日は日曜日だったので結石が残っていないか検査できないという。土曜日に発症したから二泊三日になってしまったのか…と思い、入院費をその分損した気分。皆さんも怪我や病気になるときは時間や曜日を選んだ方がいいですよ(ってそんなこと出来るわけない)。

夕方に点滴を外されたので身軽になった私は病院内を散歩した。ろくな施設がないつまらん病院で病室のTVは有料だからロビーのTVでも見ようかと思っても、ロビー自体がない。病院入口に吸殻入れがあったので、じっとそこで煙草を吸いに来る人を待ち、やっと来た吸いにきた人に早速お願いした。「タバコ一本もらえませんか?」ニコチンの禁断症状が起こっていたのだった。私は一日一箱煙草を吸うのである。でもその人は「え?吸ってもいいんですか?」と言ってなかなか恵んでくれない。ケチというわけでないようなのだけど、私が病人ということを妙に気にしているようなのだ。病名は尿管結石です、もう石は出ましたなど自分の状態を話すと、なんとか納得してくれて煙草を一本もらえた。ありがたや、ありがたや。そして恵んでくれたその人はこう言った。「僕、看護士なんですよ」なるほど、渋ったわけだ…優秀な看護士さんでした。お金がないことを知って、おまけに缶コーヒーをおごってもくれました。ありがたや、ありがたや。ダメ病院と思っていたけどいい看護士さんもいるんだなと、いくらか気分が晴れやかになるひとときでした。

夜になり消灯時間になったはいいけれど、初日と違って全く眠気が起こらない。そりゃ寝過ぎたんだから眠れるわけがないのだ。仕方ないのでまた病院内を散歩、自販機の下から10円玉を拾ったり、捨ててある新聞を読んだりと、なんとも淋しいことをしながら時間を潰して眠気がおこるのを待ち続け、何時か分からないけどいつの間にやら私はベッドの中でなんとか眠りについたのでありました。さて、明日は退院だ・・・

入院三日目の朝、またも午前六時に叩き起こされ不味く少ない朝食を摂り、看護士さんにきいてみた。「いつ検査するんですか?」看護士は医者に言っておきますというだけで、何時に検査するのか言わない。どうやら外来患者が途切れた隙を狙って検査するつもりらしい。ほんとに今日中に検査して退院できるのだろうか? 不安になった私は「いつだ。早くしてくれ」と猛烈にアピール、うるさく思ったのか病院側も私の検査の準備を始め、やっとこさ「検査するので検査室に来て下さ~い」との連絡が入った。レントゲンを何回か撮り、検査技師さんにいつ結果が出るのかきいてみたら、いま撮ったレントゲンを医師に診せて、その診断を待たなくてはいけないとのこと。おいおい、いつになったら結果発表されるんだい。どうもこの病院は段取りが悪いというか、分業がいい加減というか、いろいろなことでイライラさせられるところだ。他の病院もこんなもんなのだろうか?

実は私は既往症を持っていて、毎日その病気のための薬を飲んでいたのだが、その薬を持ってこなかったので丸三日間服用していなかった。そのためその薬の禁断症状が起こってきて精神的に苦しくなってきていたのであった。(神経的な病なのです…)早くうちに帰ってあの薬を飲みたい~ ここから出してくれ~ 心の叫びが大きくなっていく。それに救急車で運ばれてからこの三日間、同じ下着を身につけ続けているのであった。ああ、もうこのパンツはもたない、洗いたての下着を身につけさわやかになりたい・・・ 私の肉体は回復したと思えるのだが、精神的に参ってきてしまいつつあるのだった...


2005/4/16 8:59

入院体験記 その6  PRIVATE

前からの続き。今回堂々完結。
検査のデータは出来たようだった。あとはそのデータから医師が判断するだけ。もちろんすんなり退院決定するだろう。そう私は考えながら不味い昼食を摂った。
するとなんと看護士からとんでもない発言が。

「担当医師は明日来るのでもう一泊して下さい」

ななななんと! 三泊しなければならないのか! 冗談ではない!
しかもその理由は「担当の医師が今日いないため」 おいおい、ふざけるなよ、全く。もう一泊分の入院代とられてしまうじゃないか! これは絶対稼ごうとしている儲け主義の病院の罠だ! そう思った私は猛烈にその日中の退院を懇願した。「うちに帰らせてくれ~」「パンツはきかえたいんだよ~」 私の猛烈なアピールに看護士は検討を始め、とりあえず今日で退院&明日に外来で診察ということでなんとか了承を得ることが出来た。退院決定である。ああ、よかった…

早速退院手続きがとられ、保険証を持って行ってたので無事に三割負担で料金が計算された。しかし三割負担とはいえとんでもない金額。こんなに病院に金払ったことないぞ。いままでロクに病院のお世話になったことがなかったから私にとっては衝撃的な金額だった。これから病気や怪我でまたお世話になることがあるに違いない。いい経験をさせてもらったと考えておいたほうがいいのかしらん? そして会計係から「お支払い下さい」と言われてしまった。私は財布を持ってこなかったので、いま一銭も持っていないのだが・・・どうやって払えばいいんだ? 私は病院職員に無一文であることを告げた。すると、家族や友達に持ってきてもらって下さいとのこと。そんなことを言われても、私は独身一人暮らし、親兄弟は近隣に住んでいない、友人たちは月曜昼なのでみんな働いている。誰も当てには出来ないのである。
「財布を取りに行かせて下さい」
「お金を支払わずに病院を出ることは出来ませんよ」
「じゃあ外出届を出しますから、一旦うちにお金を取りに行かせてください」
「退院手続きが済んでいるので、外出届はもう出せません」
「☆#&%△!?」
じゃあどうすればいいのだ? なんとか職員を口説いて、保険証を預けたままで一旦うちに帰り、すぐに病院へ戻り今日中に支払いを済ませるということで(これは原則破りの特別措置だろうなぁ)了承を得た。

大部屋で一緒だった方からジャンパーと交通費分のお金を貸して頂き、寝間着の上にジャンパーを羽織って(下半身は寝間着姿です)そのまま私は病院を飛び出し駅へ向かった。そしてその格好で電車とバスに乗車(ああ、かっこわる~)、なんとか三日ぶりに我が部屋へ帰り着いた。すぐに服を着替え(というか外出用の服を着て)、持病のための薬を飲み、財布を手にしてめんどくさいと思いつつ、またもバスと電車に乗ってさっきまでいた病院へ。なんとか会計をすませ、交通費とジャンパーも返して、やっとこさ私は病院から解放されたのであった。またもや同じく電車とバスに乗って我が部屋に向かう私は思った「もうこりごりだ・・・」

翌日の火曜日、行きたくないのでブチりたかったが、私は仕方なくまたまた病院へ向かった。外来受付をすませ、待っていたら昨日いなかったという担当医師に呼ばれた。診察室に行ってみたら、なんと三分間の会話で終了! 「また痛くなったら来て下さい」と言われておしまいであった。そんな、あっけないものなのか…三泊入院させようとしたのはなんだったんだ…!? 私は会計を済ませると(今回は当然財布持ち)、病院を後にするのであった・・・

それ以来三週間経ちますが、幸いにしてまた痛みが起こることはありません。どうやらもう体内に石はない模様。でも再発しないように気をつけなければ。そして「また痛くなったら来て下さい」とあの病院に言われたが、「もう二度と行かねーよ!!」 万一再発して病院へ行かなければならなくなったら他の病院にしてやる! やっぱ健康一番だ! これにて私は入院はこりごり、病院嫌いになってしまった。出来れば死ぬまで入院したくない、自分の部屋のベッドで死にたい(上の画像のように)と考えるようになったのだった。

みなさんも心と体に十分なケアを!

The End
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プロフィール

WR

Author:WR
札幌出身、東京某所で一人暮らし中だったのが首都圏脱出し、現在は国内某所に生息中(^o^)
長年患った自律神経失調症も現在は完治状態、
東京にある某社の一会社員として仕事していたのが退職してしまったので、いまは無職状態。
翻訳は金にならないと知りながらも再挑戦、だが悪戦苦闘の結果、才能がない事を悟る...
コンサドーレ札幌をしつこく応援中(^_^;
こんなページですが、ひとつ読んでやってください<(_ _)>

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